昨年の夏、ヴィダル・サスーンが83歳にして初の自伝を出した。

美容師でない人や美容師の世界をあまりよく知らない美容師はシャンプーやトリートメントでしか聞いた事が無いかもしれないが、彼は世界のヘアカットシーンにおいて、一つの大きな進化のきっかけを作った人だ。
「美容の神様」と表現してもいいが、ちょっとそれだけでは伝わりにくい。
例えば皆さんご存知だろうか? 昔、1960年頃まで、美容室、パーマ屋さんには天井・壁付けの大きな「お釜」というドライヤーがあって、お客様達はスタイリングとして大きなカーラーを頭に巻いてネットを被りそのお釜に10~20分程入ってセットをしてもらうというのがファッションであり、世界中で美容室に来る人々のスタイルであった。
分かり易く言うとイギリスのポンド紙幣にも印刷されているクイーンみたいな髪型だ。
それをそんな大がかりな事をせずともただ家庭用のハンドドライヤーで乾かしただけでいいようなヘアースタイルを世界に提案した世界一勇気ある美容師がヴィダルだったのだ。
彼はカットを、より、毛と毛が重なり合い、人毛と重力で構築される造形だと考え、正確なカットをするためのメソッドを発明、考案し、世間の当時のヘアーファッションを真っ向から否定し、いわば常識とケンカをして、今の常識を造ってしまった人。
世界中の上を目指す沢山の美容師が彼の名誉を尊敬し、羨み、時には嫉妬がゆえ揶揄した。
そして何よりもそういう人がついこないだの5月9日まで生きていたという事。「生きる伝説」だったという事がすごい事だった。
僕の師であるricci rizzo氏もヴィダルの教え子の一人だった。 ricciは彼の家に1ヶ月間寝泊まりしてたこともあるらしい。
僕がイギリスに住んでいる時、最初の1ヶ月の住む場所を探すまではricciの自宅に住んでいた。
彼はよく僕に「ヴィダル・サスーンなんてクソくらえだ!」と言い聞かせ、僕の美容師としての闘争心を奮い立たせていた。
その言葉の裏には僕にたまに言い聞かせてくれるヴィダルがricciに伝えた「言葉」からも分かる彼なりの最高のリスペクトであることも意味されていた。
ヴィダルと関わったことのある世界中の沢山の美容師もヴィダルに対して何らかの思いを抱いていた美容師も9日のヴィダル死亡のニュースにどうリアクションしたのだろう?
もしかしたら美容師として、ヘアーカットをする人間として、魂に、情熱にぽっかり大きな穴が開いてしまったような虚無感のようなものを感じた人もいたと思う。
生きる伝説は死んだ

死んでしまった以上はどうしようもない。
自分達はそのぽっかり空いた穴を埋めるでもなくヘアースタイルを造り続けていくのだろう。
そして5月11日、イギリス時代同じ師の元で学んだ友人とJAZZを聴きに行った。
小さなJAZZ BARでヴァイオリンとピアノ、ベース、ドラム、途中参加のエレキギターの演奏をわずか2mくらいの距離で聴いた。

もっともっと造形がしたい。
もっともっと僕のヘアーカットが好きでraku-enに来てくれているお客さん達に、いいヘアースタイルを造って、よりいい人生を送って欲しいと日々思う。

美容師でない人や美容師の世界をあまりよく知らない美容師はシャンプーやトリートメントでしか聞いた事が無いかもしれないが、彼は世界のヘアカットシーンにおいて、一つの大きな進化のきっかけを作った人だ。
「美容の神様」と表現してもいいが、ちょっとそれだけでは伝わりにくい。
例えば皆さんご存知だろうか? 昔、1960年頃まで、美容室、パーマ屋さんには天井・壁付けの大きな「お釜」というドライヤーがあって、お客様達はスタイリングとして大きなカーラーを頭に巻いてネットを被りそのお釜に10~20分程入ってセットをしてもらうというのがファッションであり、世界中で美容室に来る人々のスタイルであった。
分かり易く言うとイギリスのポンド紙幣にも印刷されているクイーンみたいな髪型だ。
それをそんな大がかりな事をせずともただ家庭用のハンドドライヤーで乾かしただけでいいようなヘアースタイルを世界に提案した世界一勇気ある美容師がヴィダルだったのだ。
彼はカットを、より、毛と毛が重なり合い、人毛と重力で構築される造形だと考え、正確なカットをするためのメソッドを発明、考案し、世間の当時のヘアーファッションを真っ向から否定し、いわば常識とケンカをして、今の常識を造ってしまった人。
世界中の上を目指す沢山の美容師が彼の名誉を尊敬し、羨み、時には嫉妬がゆえ揶揄した。
そして何よりもそういう人がついこないだの5月9日まで生きていたという事。「生きる伝説」だったという事がすごい事だった。
僕の師であるricci rizzo氏もヴィダルの教え子の一人だった。 ricciは彼の家に1ヶ月間寝泊まりしてたこともあるらしい。
僕がイギリスに住んでいる時、最初の1ヶ月の住む場所を探すまではricciの自宅に住んでいた。
彼はよく僕に「ヴィダル・サスーンなんてクソくらえだ!」と言い聞かせ、僕の美容師としての闘争心を奮い立たせていた。
その言葉の裏には僕にたまに言い聞かせてくれるヴィダルがricciに伝えた「言葉」からも分かる彼なりの最高のリスペクトであることも意味されていた。
ヴィダルと関わったことのある世界中の沢山の美容師もヴィダルに対して何らかの思いを抱いていた美容師も9日のヴィダル死亡のニュースにどうリアクションしたのだろう?
もしかしたら美容師として、ヘアーカットをする人間として、魂に、情熱にぽっかり大きな穴が開いてしまったような虚無感のようなものを感じた人もいたと思う。
生きる伝説は死んだ

死んでしまった以上はどうしようもない。
自分達はそのぽっかり空いた穴を埋めるでもなくヘアースタイルを造り続けていくのだろう。
そして5月11日、イギリス時代同じ師の元で学んだ友人とJAZZを聴きに行った。
小さなJAZZ BARでヴァイオリンとピアノ、ベース、ドラム、途中参加のエレキギターの演奏をわずか2mくらいの距離で聴いた。

もっともっと造形がしたい。
もっともっと僕のヘアーカットが好きでraku-enに来てくれているお客さん達に、いいヘアースタイルを造って、よりいい人生を送って欲しいと日々思う。
# by raku-en-imagehair | 2012-05-21 22:53 | 美容 | Trackback















